陸前高田市探訪 「甦る記憶」リメイク版

震災前から震災を経て現在までの記録画像を纏めたリメイク版

陸前高田津波の傷痕〔米崎-高田地域〕

撮影年月日:2011/03/23

最初に避難した介護老人施設「松原苑」を訪れてみると、建物の窓ガラスが所々失われており、地震の凄まじい揺れの痕跡が生々しく残っていました。

施設に入居していた高齢の方々は、震災直後に倒壊の危険性があるとの判断から、雪の降る夕暮れ時、それぞれ別の施設へと移送されていきました。その様子を目の当たりにしながら、「もし津波地震がなければ、ここが彼らの終の棲家だったのだろう」と思わずにはいられませんでした。

移送される入居者の方々は毛布を掛けられた担架に乗せられて職員方によって運び出されていましたがどの入居者の人達の表情にも、寒さと疲労がにじみ、どこか諦めのような眼差しを浮かべながら、一人また一人と移送されて行きました。避難している人達や見送る施設の職員の方方にも悲壮感が漂っているのを見ると思わず涙ぐんでしまった記憶があります。

後で聞こえてきた話によると、移送途中で亡くなった方(震災関連死)もいるとの事でした。

左端 米崎小学校方面〔川内地区〕 中央 高田市内方面〔法量地区・高田市内〕 右端 松峰方面〔地竹沢・糠塚沢地区〕

左端 瓦礫に挟まれた家屋〔地竹沢地区〕 右端 津波による堤防決壊画像〔沼田・松峰地区〕

左端 中田市営団地と高田市内〔中田地区と法量地区〕 右端 沼田陸橋の倒壊と沼田地内〔松峰・沼田地区〕

左端 浜田川遺体捜索作業〔地竹沢地区〕 右端 被災した東海プロパン事業所〔沼田地区〕

木々の枝に布切れがぶら下がっているのが見えますが、これは津波の引き波の際、浮遊していた布などが流れの途中で枝に引っかかって残ったものです。そして、それよりもさらに高い位置にある枝が枯れていることからも、津波による塩害の影響が確認でき、そこまで浸水が達していたことが分かります。約15メートル位の高さにまで水が到達したと推定されています。〔中田・地竹沢地区〕

この写真は、津波の被害を受けてから約2週間後に撮影したものです。米崎町川内地区、神田地区、地竹沢、糠塚沢地区、高田市内や中田地区、法量地区〔法量地区最大浸水高17.6m〕をはじめ、数多くの地域が泥と瓦礫に覆われ、かつての面影をまったく残していませんでした。その惨状は言葉を失うほどで、街の静けさの中に、失われた日常の重みがひしひしと感じられた一日となりました。

閲覧くださいましてありがとうございます。

陸前高田市探訪「甦る記憶」データー版