陸前高田市探訪 「甦る記憶」リメイク版

震災前から震災を経て現在までの記録画像を纏めたリメイク版

唐桑半島 伊達吉村公歌碑

唐桑半島 伊達吉村公歌碑 (422)

気仙沼市唐桑町崎浜7
撮影年月日:2010年7月16日
FUJIFILM/FinePix J15FD

唐桑半島の御崎神社の鳥居からほぼ真正面の位置に、唐桑ふるさと会歌碑建立委員会によって設置された、第五代伊達藩藩主・伊達吉村公の歌碑があります。歌碑は大小の礎石で囲まれた中央に堂々と佇み、そこには伊達吉村公が詠んだ歌が刻まれています。さらに、その脇には碑文が添えられており、その一部を抜粋させていただきました。

碑文
伊達藩中興の英主と言われた第五代藩主伊達吉村公(1680~1751)は、領内巡視の折、ここ御崎神社を御参拝され、神社高台からはるか水平線を眺望し二首の和歌を詠まれた。
一首
雲ならで 海もはてなる 山もなし そらにつづける 波の千里は
二首
うなばらの すゑやたかきとみるばかり 千さとの波は 雲につづきて

建立月日 平成20年10月11日

 

第五代伊達藩藩主伊達吉村
伊達吉村は、江戸時代中期の仙台藩第五代藩主であり、「仙台藩中興の英主」として知られています。1680年(延宝8年)奥州(現一関市)に生まれ、父である第四代藩主伊達綱村の後を継いで1703年(元禄16年)に藩主となりました。彼が藩主に就任した当時の仙台藩は、初代伊達政宗以来の軍備増強や幕府への対応による財政負担が重く、深刻な財政難に陥っていました。そこで吉村は、藩政改革に着手し、倹約令を発布して無駄な支出を削減する一方、新田開発による農業生産の拡大や、鉱山開発を進め、さらに漆や紅花、紙、木綿などの特産品の生産を奨励しました。また、商人との協力関係を強化し、江戸や大坂での仙台藩産品の販売を促進することで藩の収入を増やしました。さらに、河川の改修や治水事業を行い、農業の安定化を図るとともに、道路整備や城下町の拡張、防火・防災対策など社会基盤の整備にも力を注ぎました。このような改革によって、仙台藩の財政は立て直され、経済が発展していきました。また、藩の政治的立場を強化するため、幕府との関係改善にも努め、八代将軍徳川吉宗と親交を深め、幕政に協力することで仙台藩の立場を安定させた人物との事です。

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